手帳の鉛筆
第5話 『ブルートレインと水中眼鏡』
夏休みに入るとすぐに、二人の従兄弟は毎年ブルートレインに乗って我が家に帰ってきた。
一人は僕と同い年で、その一つ上の兄の男兄弟は相模原育ちの都会っ子だったけれど、田舎っ子の僕とも馬が合ったから、小学生の間は毎年田舎で過ごす夏休みを楽しみにしてくれていたのだろう。と、思う。そして僕も二人が来る夏休みを心待ちにしていたのだ。
駅に降り立った二人は服も靴も、ボストンバッグも全てが垢抜けしていて、そして何より小学生なのに髪が長くて羨ましかった。当時、僕らの住む地域では中学生までは有無を言わせず丸刈りだったのだから。都会の言葉を話す二人に初めは恥ずかしさも感じるが、どことなくよそよそしいのはほんの数時間で、家に着く頃には去年の通りの三人に戻れるのだった。
朝は子供会のラジオ体操に行く。二人の分の出席カードは無いから、手作りして適当な紐を付けて首から下げて行った。同じようにリーダーからハンコを押してもらう。帰ってまた二階に上がって一眠りする。もちろん布団なんて有って無いようなもの。思い思いの方向に寝転がって、畳の上に雑魚寝する。朝の冷んやりした空気の中でタオルケットにくるまって二度寝する幸せと言ったらなかった。これがラジオ体操の醍醐味だとさえ思えたものだ。
陽が高くなると川へ行く。
前日の夕方に脱いでそのまま物干し竿に掛けておいたスクール水着を、竿から取ってそのままはく。そうして何か特別なことがない限り夕方まで水着で過ごす日々が続くのだ。ビーチサンダルをつっかけて、一眼(イチガン)と読んでいた水中眼鏡を振り回しながら草をかき分けて川へと走る。途中で蓬(よもぎ)の葉を片手にむしりとり、川に着くとまずそれを水に浸し、石で叩いて潰す。緑色の汁を一眼のガラスに塗ると曇り止めになるのだ。そうしてクリアになった一眼の視界から、僕らは驚くほど冷たい渓流の、水の中の世界を一日中飽かず眺めていたのだった。
クワガタもとった、カブトも集めた、とうもろこしを、スイカを、色鮮やかなチューブのジュースを凍らせた棒アイスを食べた。夜は時々花火をした。ふざけて青々と育った田んぼの稲の間に落ちて泥んこになった。湧き上がる入道雲が急に恐ろしいように見えて走って帰った。そうして僕らの夏休みはどんどん残り少なくなったのだ。宿題には手をつけぬまま。
時々、嵐がやってきた。二階の薄いガラス窓に雨が打ち付けて、外の景色を歪めて見せる。川を見下ろす斜面に建つ家だから、川が濁流となって恐ろしい音を立てて荒れ狂っているのが見える。昨日までの自分達があの流れの中にいたのだと思うだけで鳥肌がたった。そして三人とも床が黒光する廊下にいて、窓の外を見ながら、何をするでもなく嵐の日をやり過ごした。
夏休みが終わる頃、僕はなんとなく荒んだ気持ちになって行った。二人が相模原に帰ってしまうから。ブルートレインに乗って、華やかな都会に行ってしまうんだ、僕を残して。出発の日こそ、台風がやってくればいいと思った。
そんな気持ちで数日を過ごした後、従兄弟たちはあっさりと居なくなった。
そして僕は半ベソをかきながら、たまった宿題を雑に仕上げて行くのだった。それが小学生の数年間繰り返された思い出。あの川と里山と、古い二階建ての家を包んでいた空気が、今年も暑く焼けたコンクリートの庭に水を撒いた時の匂いと共に甦ってくる。
昭和52年から始まった私どもの会社は、たくさんのお客さま、業者さま、 そして従業員に支えられながら現在も家造りの仕事に携わる事ができています。 創業より変わらず掲げ続ける目標『たしかな住みごこち』を、ひとりひとりのお客さまに感じていただけるよう、これからも日々、精進して参りたいと思います。
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