第1話 手帳の鉛筆

第1話 手帳の鉛筆

そう言えば、窓の外の木の向こうには小学校のプールほどな池があった。夏のはじめ頃だったと思う。誰かに誘われて、その家に遊びに行くという体験は転校する前もなかったのだから、ようやく新しい学校に慣れて友達と呼べるようなクラスメイトが数人出来はじめたばかりの僕は、かなり緊張していたに違いない。だからその日、彼と何をして遊んだか?彼以外の家族と会ったのか会わなかったのか?全く思い出せない。
ただ、家の景色だけはやけにはっきりと記憶に残っているのだ。玄関の引き戸がガラガラと音を立てて開いたこと、モルタルのたたきに埋め込まれた玉砂利、ひんやりした空気、そこに立った小学四年の僕。

家の外の景色は、木枠にはめ込まれたうすいガラスのせいで、斜めから見ると波うったように少しゆがんで見えた。庭木と言うにはあまり手入れがされていない。雑木林と言った方がふさわしいかもしれない。
何本もの木が、向こうの池が見えるくらいの間隔で立っていたが、多くは楓の木だった。人の二の腕くらいの幹が地上から二メートルくらいの所で二股に分かれ、その先はまたいくつにも枝分かれしている。まぶしい陽ざしに照らされた若葉は、黄緑色の光をガラス越しに家の中まで届けていた。その光に照らされた友達の横顔を今でも時々思い出す。新緑の庭の光を反射した瞳が輝いていた。半開きの口から白い歯が見えていた。

何か大切な宝物でも見つけた時のような高揚した声で彼は言った。
「ほら、帰ってきた。今。」
僕は、彼の視線の先を追ってみた。しかし、彼が見ている物をはっきりと捉えることは出来なかったから、その言葉の意味を理解することは出来なかった。
「見えた?」
彼は続けた。
「何?」
僕は問い返した。
「シジュウカラ」
「何?それ」
「鳥だよ。あそこに巣箱があるだろ。」

彼の指差す方向を注意深く見ると、確かにあった。丸い穴のあいた木箱。学校にもある。学校のそれは、白いペンキが塗られていて校庭の桜の木に取り付けられていた。前に通っていた海辺の学校ではみたこともなかったけれど、こっちの学校に来て、いくつもの巣箱が校庭のあちこちに取り付けられているのでつい印象に残っていたのだ。
「あっそう。」
僕はそんな返事をした。
「また出てくるよ。ヒナにエサを届けているんだ。」
彼がそう言い終わる前に、黒い顔に白く丸い頬が目立つ親鳥は、例の丸い穴から顔を出し、次に足を穴の縁にかけて体の半分をその外に出すと、左右を一応確かめてから向こうの池へ向けてパタパタと羽ばたいて飛んで行った。
「なんていう鳥?」
「シジュウカラ」
「シジュウカラ・・・」
僕は小さく繰り返した。

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